「お父様、今日は天気が良いのでキャッチボゥルをしましょう。」
日曜日の昼下がり、5歳になる息子が私に言ってきた。
しかし、うちにはキャッチボールが出来る庭が無い。私は読みかけのドラえもん6巻を置き家庭の医学を手に取った。何となくずっしりくる物を持ちたかったのだ。
それから二人でキャッチボールが出来る場所に向かった。渋滞も少なく東京ドームには1時間で着くことができた。さて、いざキャッチボールをしようとホームベースに向かってみても息子の姿が無い。5万人の観衆も心なしか不安そうだし、監督も神妙な面持ちだ。ただ敵将だけは不敵な笑みを浮かべている。
そんな私の心配をよそに試合は始まった。バッターはイチロー。外角低めにミットを構えたが、ピッチャーは首を振る。私は彼をよく知っている、彼は大リーグ屈指のバッターだ。昨日もテレビで彼の活躍を伝えていた。そんな事を考えている間にピッチャーは投げてきた。しかも直球ど真ん中ストライク。あまりの大胆さとタイミングに、流石のイチローも驚いているようだった。
私は笑顔でマウンドの妻に返球した。それにしても、と思う。今日の先発が妻で本当に良かった。彼女はプロ野球ニュースなぞあまり見ないから、イチローの凄さをよく知らないのだ。それに、いざとなれば息子のこともすぐに話せる。君と結婚して良かった、今、心からそう思う。
結局、妻はイチローをファーストゴロに打ち取り、続くニロー・サンローもボテボテの内野ゴロ。それで完全に波に乗った。100km台のカーブと140km台の直球で緩急を絶妙に使い分け、ここぞという時に投げるスライダーが小気味よく決まった。何より息子が見つかったのも大きかった。何の事はない、ブルペンで肩を作るために投げ込みをしていたというわけだ。
「門前の小僧習わぬ経を読む」ならぬ「ピッチャーの息子、自ら肩を温める」だ。
妻の快投は続いた。しかし、終盤の8回ピンチがおとずれた。不運なヒットと死球(髪型をバカにされてわざと)で、1死1・2塁。バッターはイチロー。マウンドに行くと、流石に妻は疲れていた。しかし、普段は幼稚園との往復位しか運動をしない妻にしてはよくやった方だ。私が合図を送ると、監督が投手交代を告げた。
ズドン!
息子の球は内角低めいっぱいに決まった。私の身体と心は痺れていた。直球を速さ、その球が前回登板よりも威力を増していたこと、そして妻と息子の二人の投手リレーの捕手としてこの場にいる事で。
息子は5歳児らしい真っ向勝負だった。それが逆にプロには予想がつかなかったらしい。イチローをゲッツーに打ち取り、9回もそのまま3人でぴしゃりと締めた。
それから、せっかく東京ドームに着たんだからということで後楽園遊園地に行った。3人でユニフォーム姿のまま観覧車に乗った。試合後のせいか中は汗臭かったが、それも今日は心地よかった。夜景を眺めていると、花火が上がった。それを見た息子は「お父様、今日の天気がよくて良かったですね」と言った。
汗とは違う涙的なものが、私の頬を伝っていった。